Meg

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声が大きい。話し方ははっきりしているが早口、余計なことは言わないが、口を開くとマシンガンのように言葉が出てくる。食いついてくるのは化学と医療の話だ、ちゃんと話の最後にはオチもついていて、一緒にいる生徒さんたちも、聞いていて、勉強になるやら、楽しいやら。
4年前からほぼ毎週来るメグ。陶芸に向かう姿を観察することで、その人の性格を大概把握できることが多いが、彼女の集中力とプレッシャーをパワーに変える力には感服する。クラスが残り10分で、あと1つ作るかどうか迷ったときは必ずもう1つ作る方を選ぶ。そして、その日のどれよりもいいものを時間ギリギリで作る。プロのこちらも感服するくらいの集中力だ。プレッシャーをバネに集中力を高め、体はリラックスしているから、緊張感のあるいい器ができる。人生を豊かにするのは、「リスクを楽しめる心」と誰かが言っていた気がするが、それを実践しているメグ。僕も陶芸はできるが、他のことに応用できるかと言われれば、どうか。彼女はPhD(博士号)を持っているが、審査のテストは厳しく長期に亘るアカデミックな環境がメグの強さをつくったのか。

カナダ東部の特徴あるアクセントで有名なニューファンドランドが、メグの故郷だ。僕らと話すときは訛りは一切出ない。頭が良くて人情もあり、人がついてくるリーダー格。よく働き、よく遊ぶというが、彼女の場合も然り。
彫刻家の夫とアフリカのサバンナに1ヶ月のキャンプツアーに行く。お酒も相当いける方で、いつだったか酒好きのお客さんに連れられて、業界人が集まる、看板もない隠れたバーに行ったとき、「ヒデ、ヒデ!」と誰か遠くから叫んでいると思ったら、メグだった。

彼女の仕事はUBCというカナダでも一流の大学でアレルギーのリサーチャーを率いるリーダーだ。単に研究の結果を残すだけではなくて、予算をとってくるのも彼女の責任。年40億の予算で何十人ものリサーチャーの仕事を取れるかどうかは、彼女の筆一つにかかっているらしい。度胸も半端ない。
カナダでは社会的に男女がほぼ平等な扱いを受ける代わり、日本のように総合職を選ばずに結婚したら仕事をやめて、旦那に食わせてもらうから、それまで楽な仕事をして、適当に遊んでいたい女子みたいなのは、軽蔑される。心の底で本当はそうやって生きていきたい人もいると思うが、バカにされるから、日本のように口に出す人は少なくとも僕の周りにはいない。仕事も遊びもバリバリのメグ、より良い仕事環境を求めて大学の教授にキャリアアップを考えていた。
彼女ほど仕事ができて、学力も実績もあっても、カナダの大学で教授になるには並大抵のことではない。一つのスポットに何百人という応募があるのが当たり前、しかも、応募者全員博士号に実績ありのツワモノ揃いという。

ある日、クラスに来たメグが翌週休ませてくれという。国立大学の教授ポストに5次面接まで進んで、来週その最終面接だという。最終といっても、3日間缶詰で試験や面接、その中であらゆるプロセスを評価される。聞いただけで痩せるような話である。
数週間後、彼女に面接の様子を聞いて見ると、1日目はグループで質問に答えたり問題を解いたりしたらしい。2日目は各人2時間ずつの面接、3日目はご苦労さんの慰安で公園に行ったり、名所に案内されたりする。そして夜はディナーにご招待となったらしい。驚きと同時に北米の厳しさを感じたのは、最後の慰安を兼ねた教授連とのディナーで、お酒なども振舞われ、緊張仕切っていた心も緩んで、リラックスの会食になるのだが、それも隠された面接だったことだ。緊張仕切った心を一気に緩めると、隠していた自分の素がどうしても滲み出てしまうものだろうから。大学教授は仕事ができるだけでなく、私生活でもコントロールが求められると言うことか。面接の合否が出た、残念ながら今回は合格者なし。

1年後、メグはカナダの中堅都市の大学の教授として招かれることになった。前向きに生きると言うのは簡単だが、実際にやり抜くのは大変だ。妥協しないで納得するまでやり続ける根気とパッションの維持、失敗も楽しんで生きることができる彼女。子どものように純粋なのかもしれない。自分の人生に責任持てるのは自分だけ。自分の才能を信じてあげられるのも、夢に向かって諦めないで進み続けるのも、自分の人生を人生を楽しむことに繋がっているにちがいない。

メグの器   いぶし銀のぐい飲み

 

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